子どもの頃の釣りの楽しみ

子どもの頃の私は魚を釣るという行為だけではなく、釣った魚を持ち帰って自宅で飼うということも非常に楽しみにしていました。フナや鯉、メダカ、モロコ、ザリガニ…様々な魚を家で飼育しました。ときには、少し遠出した川で釣ってきたオイカワなどを飼うこともありました。また、現在でも同様の問題が(さらに深刻さを増して)ありますが、住宅街にある池は家で飼いきれなくなった観賞魚を放流する人もいたようで、ときどき思いがけない魚が釣れることもありました。一度、とても美しい姿をしたタナゴの仲間が釣れたことがあって、子どもだった私には宝物のように思えたものです。
 飼育するとはいっても自宅に池がある訳ではありません。六十センチの水槽がひとつあっただけですが、他にも海苔の容器やプラスチック製の虫かごなどで飼っていました。持ち帰る魚はほとんどが小さな魚でしたので(つまりあまり大きな魚は釣れなかった)そうしたもので充分でした。
 しかし、飼育環境はあまり良いとは言えず、水のろ過やエアレーションもしていませんでした。ただ、子どもながらに水道水の塩素は魚に良くないという知識がありましたので、水道水を日光にさらしたりカルキ抜きの薬品(価格は非常に安かった)を使用したりしていました。そうした環境下でも、池で釣った魚たちは非常に丈夫な魚が多くてすぐに死んでしまうことはあまりありませんでした。私は自分なりに水槽内に水草や石を配置し、何種類かの魚を混泳させたりして自然環境を再現しようとするなど、地味に楽しんでいました。
 当時のお金持ちの友人の家には二メートルほどの大きな水槽があって、なかには大きな石鯛などが飼育されていた(海の近くという訳ではありませんが)のですが、私自身は自分の水槽がそれに劣っているとは思いませんでした。正直、憧れではありましたが。
 私は現在でも自宅で金魚を飼っています。一時は一匹一万円位する金魚を飼っていたこともありましたが、子どもの頃に自分で釣った魚を飼っていた時の方が楽しかったような気がします。今、当時と同じことをしても同じように楽しめるとは思えませんし、観賞魚の場合は結局のところそれに費やした金額に比例するので、自ずと限界が出てくるからです。想像力という重要なエッセンスが欠けているからだと思います。